住職挨拶

山岡鉄舟居士の有名な詩に「晴れてもよし、曇りてもよし、不二の山、もとの姿はかはらざりけり」という言葉があります。
晴れの日も、雨の日も、曇りや嵐の日であっても、富士山は常に変わらず雄大に聳(そび)え立っています。この詩が教えるのは、外側の状況に振りまわされるのではなく、内面こそが重要であり、さらに「今ここにある内面」が何より大切であるということです。
当寺では、「今を生きる」という一瞬一瞬の大切さを、一人でも多くの方にお伝えしていきたいと考えております。
鉄舟寺の前身は、約1300年前の推古天皇の時代に創建された「久能寺」にさかのぼります。
当寺が紡いできた大変古い歴史と伝統を守り、後世へとしっかりと繋げていけるよう、日々護持に努めてまいります。
時代の変化に囚われることなく、拘ることもなく、「今の時代」に即したお寺の在り方を追求してまいります。
世永 天山
歴史と由来

久能寺の創建から移転まで
鉄舟寺の前身である「久能寺」は、約1300年前の推古天皇の時代、国主・久能忠仁(くのうただひと)公によって創建されたと伝えられています。奈良時代初期に行基菩薩によって中興され、かつては久能山(現在の久能山東照宮の地)に立ち、多くの坊舎を擁する大寺院として栄えました。戦国時代、駿河に侵攻した武田信玄公が久能山に城を築く際、寺は現在の地(清水区村松)へと移築されました。
明治の廃寺と山岡鉄舟居士による再興
明治維新の混乱と廃仏毀釈の波の中で、歴史ある久能寺は一度廃寺の危機に瀕します。この名刹が途絶えることを惜しんだ幕末の志士・山岡鉄舟居士は、明治16年に寺の再興を発願。今川貞山師を迎えて再興に着手し、広く寄進を募りました。鉄舟居士の遺志は清水次郎長や地元の有志たちによって受け継がれ、明治43年に現在の「鉄舟寺」として結実いたしました。
現代へ受け継がれる文化と護持
現在は臨済宗妙心寺派の禅寺として、国宝『久能寺経』をはじめとする数多くの貴重な文化財や山岡鉄舟ゆかりの品々を所蔵・護持しています。霊峰富士を望む勝景の地にあり、現代における「心安らぐ禅の場」として歴史を刻み続けています。
境内の見どころ
鉄舟寺境内からの景色
SCENERY
境内からの眺望(富士山・清水港)
当寺の境内は、霊峰富士と清水港を一望できる絶好のロケーションに位置しています。四季折々、天候や時間帯によって表情を変える雄大な富士山と、静かな海のコントラストをお楽しみいただけます。
LOCATION
観音堂からのロケーション
境内奥に佇む観音堂からは、世界文化遺産の構成資産である「三保の松原」をはじめ、清水の街並み全域を見渡すダイナミックなパノラマが広がります。心地よい風を感じながら、心落ち着くひとときをお過ごしいただけます。
EVENT & SPOT
季節を彩る行事・パワースポット
境内では年間を通してさまざまな行事が行われています。地元のパワースポットとして親しまれる「言いなり地蔵尊」や、商売繁盛を祈願する「毘沙門尊天祭礼」、ご本尊千手観音の「観音大祭」など、地域の祈りの場として開かれています。
映画『乱れる』と鉄舟寺
FILM LOCATION
銀幕に映る、清水の風景
成瀬巳喜男監督の映画『乱れる』(1964年)は、高峰秀子さん演じる礼子と、加山雄三さん演じる幸司の揺れ動く心を描いた作品です。夫を亡くした後も嫁ぎ先の酒店を支えてきた礼子と、彼女を思い続ける義弟・幸司。二人の行く末を、静かなまなざしで見つめます。
鉄舟寺は、礼子が幸司を呼び出し、自らの決意を伝える場面に登場します。境内を背景に二人が向き合う姿は、映画の中に当寺のかつての風景をとどめています。ご参拝の際には、作品に映し出された清水の景色にも思いを寄せてみてください。
『乱れる』© TOHO CO., LTD.
アクセス
| 寺院名 | 鐵舟禅寺(てっしゅうぜんじ) |
|---|---|
| 住所 | 〒424-0926 静岡県静岡市清水区村松2188 |
| 公共交通機関 | JR清水駅から忠霊塔方面行バス約15分 「鉄舟寺」下車 |
| 駐車場 | あり |